アルピニスト野口健さん、環境問題についてゲスト講義

学生に語りかける野口健氏

学生に語りかける野口健氏

平成22年12月13日(月)、「実務演習Ⅲ(小島敏男客員教授)」と「環境法Ⅱ[国際環境法](永田高英准教授)」の特別合同授業において、アルピニストの野口健先生をゲスト講師としてお招きし、ご講義をしていただきました。

アルピニストとしての野口先生についてはあらためてここでご紹介するまでもありませんが、環境問題についても、エベレストの清掃登山、「野口健 環境学校」の開校、富士山の清掃のため行政や政治家、市民への働きかけなどの活動を精力的に行なっておられます。

講義では、高校1年の停学期間中に故・植村直己氏の『青春を山に賭けて』に感銘を受けて山の世界へ入った経緯や、遺骨収集活動(フィリピン、沖縄)、「日本人はエベレストを富士山のようにしたいのか?」と指摘されて「売られたケンカは買ってやろう」と始めたエベレストや富士山の清掃活動・運動の苦労ややりがい(多くのひとたちが反応してくれ、輪が広がっていく)などについて、お話しをしていただきました。

とりわけ、「生と死の境にいると、死を考え、生を考える」「NPO富士山クラブの案内で見た樹海の不法投棄(使用済みの注射器など、無法地帯)はまさにB面。ゴミから悪意を感じる。ゴミの不法投棄(使用済みの注射器など)には明確な『悪意』がある。警察や行政が許し(黙認し)ても、社会がそれを許してはならない」「ゴミを持って帰るのはドイツやデンマーク、ゴミを置いて帰るのは日中韓インドネシア。登山隊もある種の社会の縮図」「山頂に自動販売機や食堂が並んでいるのは富士山だけ。山小屋にフロがあるかどうかを電話で問い合わせてくる。これらは異様なこと。何か日本人と山・自然との接し方がズレている」「父の教えとして『世の中のA面だけでなくB面も見ろ』というものがあったが、いまの自分の活動はまさにその大切さを実感する」「環境問題は、『自然』ではなく実は『人間社会』そのものが相手であって、結局、どういう社会・国をみんなで作っていくかという問題。だから、環境運動にはいやがらせはあるが、夢がある。最近は登山の休憩中にゴミ袋をもって拾ってくれる方が増えた。そうでなくても、捨てづらくなっている状況がある」「環境問題の『環』には『輪』という意味がある。まさしく、環境問題とは『輪(わ)』であり『連係』である。自分はこのために活動を続ける」などのお言葉が印象的でした。

野口先生の講義に耳を傾ける学生達

野口先生の講義に耳を傾ける学生達

授業の最後に野口先生が発してくださった、「現場で世界・日本・社会を『見る』『知る』ことが大切。そうすれば、物事を立体的・多面的に見られるようになり、もっと知りたくなり、もっと勉強したくなり、かなり深められるはずだ。欧米の大学生たちは、休み期間を利用して、そうしたことをやっている」という学生へのメッセージは、”内向き志向”が指摘される昨今の若者事情の中で、ズシリと深い重みをもって受講生たちのこころに響いたことと思います。

野口先生はご経験に裏打ちされた、生きたボールを私たちに投げてくださいました。それをどう受け止め、日常の生活の中で実践していくかは、今度は私たち一人ひとりの課題です。野口先生、貴重なご講義をありがとうございました。

◎野口健先生のウェブサイト&ブログ&ツイッター
http://www.noguchi-ken.com/
http://blog.livedoor.jp/fuji8776/
http://twitter.com/kennoguchi0821
◎野口健先生の高著/野口健先生に関する本
・喜多由浩『野口健が聞いた英霊の声なき声――戦没者遺骨収集のいま』(産経新聞出版)
・野口健『確かに生きる』(集英社文庫)
・野口健『自然と国家と人間と』(日経プレミアシリーズ)
・野口健『富士山を汚すのは誰か――清掃登山と環境問題』(角川グループパブリッシング)
・野口健『あきらめないこと、それが冒険だ』(学習研究社)
・野口健『100万回のコンチクショー』(集英社)
・一志治夫『僕の名前は。――アルピニスト野口健の青春』(講談社)
・野口健『落ちこぼれてエベレスト』(集英社)
・野口健・白石康次郎『大冒険術――ぼくらはなぜ世界に挑むのか』(文芸春秋)
・綾野まさる『野口健―最高峰でつかんだ未来(小学生用図書)(旺文社)

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