オランダ便り③:W杯準優勝―オランダ人の回復力の速さに脱帽

永田先生のオランダ便り第3弾 いよいよ本命の(?)サッカーの話題です。

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低い土地(ネーデルラント)よりgoedemiddag(フーデミダッハ、こんにちは)! ライデン大学Universiteit Leidenで在外研修中の永田です。

◇革命前夜(?)のミュージアムプレイン

W杯2010の決勝、対スペイン戦当日。またとない機会ですし、怖いもの見たさ(?)も手伝って、パブリックビューイングが設置されている、アムステルダムのミュージアムプレインと呼ばれる広場まで家族と行ってきました。周辺の交通機関が完全にストップする中、10万人以上が同広場に集まったそうです。何でも”自給自足”のオランダ人らしく、クーラーボックスやビールをケースごと抱えて持ち込んだり、寝袋や大きなリュックを持参しているような人たちも多々見られました。

夜9時を過ぎてもこの明るさ。スクリーンははるか彼方・・・。

夜9時を過ぎてもこの明るさ。スクリーンははるか彼方・・・。

わが家族は試合開始30分前の20時頃(オランダと南アの間には時差はありません)に到着したものの、すでに広場の収容能力をはるかに超えた飽和状態で、人々がコンセルトヘボウ(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠地で、オランダが世界に誇る音響設備をもった音楽堂)前の道路にまで溢れ出していました。さながら”革命前夜”といった狂騒であったうえ、スクリーン(10万人が見るにはあまりにも小さく低すぎ)ははるか彼方にあり、しかも目の前には世界一の平均身長を誇る(?)オランダ人の大男たちが立ちはだかりました。あまつさえ、そのただでも大柄な人たちが頭にオラニエ(オレンジ)の王冠やら何やらさらに視界の妨げになるものをかぶっているという始末。私たちは周囲にいた他の少なからぬ人たちと同様、試合開始後ほどなくして自宅でのテレビ観戦のため帰途に就くという決断を余儀なくされました。(帰りのバスが路上で酔っ払った暴徒たちから襲撃を受けるハプニングも。)

騎馬隊も不足の事態を警戒

騎馬隊も不足の事態を警戒

  ◇かつての支配者、大国スペインを負かしたい!

さて、試合内容自体の寸評は避けたいと思いますが、初優勝がかかったせっかくの試合なのに、オランダ代表は主審の判定に過剰に反応し、平静を失い、自滅した面が強かったのが残念です。まるで準々決勝オランダ対ブラジルの際のブラジル代表がそうであったように。ヨハン・クライフが評したように、もう2~3人退場者が出ていてもおかしくないほどでした。

オランダでは、ナチス圧政下の記憶がいまだ生々しい対独感情ほどではないにせよ、かつて支配者だった”大国スペイン”に対しても、特殊な感情を抱いている人は少なくありません。司令塔スナイダーが試合後に「スペインにだけは負けたくなかった」という旨発言したそうですが、それがある種の共感を呼ぶのは、かれを含むオランダ代表選手の数名がレアル・マドリードから放出された経験をもつという個人的な因縁からだけではないはずです。人口1,600万人、面積にして九州程度の”小国”が”大国”を負かすという痛快さをこそスペインとの決勝戦に求めた、といった面もたぶんにあったと思われます。それだけに、スペイン優勝が決まった瞬間、単に「一生にいちどあるかどうか」というチャンスを逃したという以上の、敗戦のショック、落胆がオランダ人にはあったはずです。

 

◇ごく自然に”浮世”に戻ったオランダ人

もっとも、そこは「超」がつくほどのリアリストたちです。なにせ、大国に翻弄され続けてきた人たちであり、互いに協力、助け合いながら水と闘ってきた人たちであり、VOC(オランダ東インド会社)に象徴されるように商才に長けた人たちですから、霞を食べては生きていけないことくらいわかっています。マスコミの論調も総じて冷静で客観的なものです。

ほとんどのオランダ人は敗戦から一夜明けてすでに気持ちを切り替えているものと見受けられます。私は早朝からのフラット(アパート)の外壁修復工事の音で目が覚めましたが、そこには、オレンジ色の服を着た業者の人たちが鼻歌をうたったり、同僚と冗談を言い合ったりしながら、楽しそうに作業に従事しているごく”日常の”光景がありました(笑)。

それでは、またお便りします。Dag(ダーッハ、さようなら)!

法学部准教授
永 田 高 英

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